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STEP(第204号)

裸になったサルの行く末

フォレストベンチ研究会 自給シニア会 会員 公文國士

霊長類、つまりサルの仲間はヒトを含めて447種類いるそうだ(「自然への窓」松沢 哲郎、京都大学高等研究院特別教授、2018年10月7日、日本経済新聞掲載)。人類としてただ1種しか生き延びられなかったヒトに比べて、なんと盛況なことか。ただ生息地は、中南米、アフリカ、インド、日本を含む東南アジアの熱帯付近の限られた地域にしか分布していないという。冷涼な地域、北アメリカ、ヨーロッパにはいないそうだ。しかも国名を冠したサルと限定すれば、それはニホンザルだけだそうである。数種類のサルたちが生息するインドや中国も、国名を冠したサルはいない。また、ニホンザルは、比較的冷涼であると思われる青森県にまで定住する。ここはサルの生息地としては北限であると聞いている。

体毛の殆どを捨てた(実は体毛が極めて細く短くなったためにそう見える)ヒトは衣類を考案し、酷寒でも生存を可能にした。それに対して、体毛を保持したサルたちは、意外にも熱帯・亜熱帯地域とその周辺以外に生息範囲を広げていない。

それではヒトはなぜ体毛を捨てる必要があったのだろうか?その理由としては、発汗作用を活発化することによって、体温調節を容易に行うため。とされている。何しろ酷暑のアフリカ大陸である。発汗には体毛は邪魔物だったのだろう。体毛を失った代わりに、強い日差しからむき出しになった皮膚を守るために、ヒトは黒い肌を手に入れた。約120万年前のこととされている。(「絶滅の人類史」 なぜ「私たち」が生き延びたのか 更科 功、NHK出版新書)。

体毛喪失もある特定の遺伝子の働きによるものだが、この役割を担う遺伝子は実に律義に仕事をこなす。おかげで、薄毛、ハゲの被害を受ける者が数多く出現している。私もその被害者の一人である。少しは怠けてくれたほうが助かるのだが。

 

化石記録から見た場合、サル、特にヒトに近い関係にあるチンパンジーとヒトの大きな違いは、上記の体毛の問題に加えて、直立二足歩行と犬歯の縮小がある(前掲「絶滅の人類史」)。ちなみに直立二足歩行と二足歩行は、全く違うそうだ。二足歩行は、鳥類やカンガルーなど他の動物でも見られる。それに対して,体幹を直立させて歩き、停止すれば頭が足の真上にくる状態。これを直立二足歩行という。ヒト以外にこの歩き方をする動物はいない。このおかげでヒトは脳を発達させ、高い知能を得た。犬歯の縮小は、攻撃性の大幅な緩和によって生じた結果だという。

 

人類が誕生したのは、現時点ではおよそ700万年前とされている。地球の45.4憶年の歴史から見ると、ほんのごくわずかな時間しかたっていない。それでも現在のような高度な文明と文化を作り上げた。極めて優れた能力を持っている生物である。それが時には信じられないほどの「おバカ」なことをしでかす。

ニホンザル(撮影場所不明)

2018年11月28日、とんでもないニュースが飛び込んできた。中国の南方科技大学(広東省深圳)の賀建奎(が・けんけい)副教授が行った「ゲノム編集」を施した受精卵を使った双子の誕生である。遺伝子組み換えの技術は、農産物、養殖魚、一部の家畜などに使われていると聞く。しかしそれは十分な安全性を確認したうえで行われている。人間に対しては、種の存続に重大な影響を与えるものとして強く自制してきた。その禁を破ったわけである。しかし誕生させてしまった以上、処分するわけにもいかない。成長しても子をもうけさせて良いものかどうか、実に悩ましい。いずれにしても、この双子は厳しい監視の下

でこれからの人生を過ごさなければならない。いらぬ重荷を背負わせたものだ。

1998年公開された「ガタカ(GATTACA)」という近未来を描いたSF映画がある。新生児は受精段階で遺伝子操作を行われ、遺伝子的に優秀な人材のみを選別した。一方、遺伝子操作を施さなかった子は下級階層の身分となり、職業も制限される。遺伝子的な優劣のみで上級、下級の2分化された社会である。

また、2017年度ノーベル文学賞受賞作家、カズオ・イシグロ氏の作品「私を離さないで(Never Let Me Go)」では、臓器移植の為だけに生かされるクローン人間を描いている。生殖機能だけを外された以外は、全く通常の人間と変わらない彼らは、限られた回数の臓器提供をした後、処分される。

上記はいずれも十分に起こり得る話である。営々と築き上げられた自然の法則は、安直に無視すべきではない。

 

フォレストベンチ工法は、自然の摂理に叶ったものといえます。100年の時を経れば、間伐材等での化粧張りは朽ち、土に戻る。内部のアンカーも朽ちて自然の状態に戻る。外観上は、人の手が入ったものとは思わないでしょう。さらに時を経れば、相当厳密な調査でもしない限り、人工物である痕跡は見つけられないでしょう。植樹した樹木の根が、しっかりと大地を支えるまでの力をつける迄の猶予期間、これを作り出すための工法とも言えます。つまり自然への回帰を目指した工法なのです。

コンクリートのり面の点検が始まった

~栗原理事による宮崎県議会の防災・減災対策特別委員会への説明報告より~
個人会員 入井徳明

先日、栗原理事と会った。目を輝かせながら「国土交通省がコンクリートのり面の点検を本格的に始めるそうだ」という事、又 「その機運に乗り宮崎県議会に対し、新しい方式によるのり面の恒久化を訴えるのだ」と聞かされて、コンクリートのり面を緑に戻すことに執念を燃やし続けている彼の想いに、更なる力強さを感じたものである。約50年前、一緒に飛び込んだ土木の世界で、ダム、橋梁、トンネル、道路、港湾などコンクリート工学は無くてはならぬ花形分野であった。建築も含めたあらゆるモノづくりで、コンクリートの扱いを知らなければ、一人前の技術屋とは言えない時代だったのである。しかし彼は、入社した道路公団の担当現場で、コンクリートをのり面には使わなかったということであった。以下私が彼から受けた報告をかいつまんで述べることとする。

 

この度彼は宮崎県議会の防災・減災特別委員会に招聘されたが、その代表的テーマに選んだ一つに、“コンクリートのり面に替わる新しい技術を用いたのり面の恒久化”を挙げていた。彼に取っては、大学が休みとなり故郷の日南へ戻る度に、幼い頃慣れ親しんだ美しい海岸線の国道220号が灰色に変わって行くことに誠に心が痛んだそうである。道路公団で受け持った現場でも、のり面にコンクリートを使うことは極力避けたようであるが、唯一東北道の盛岡の現場で、中世期の山城跡の保存に当たり、連続地中壁を使わざるを得なくなり、一度だけコンクリートを用いたとのことであった。 これは、弁当箱のような(厚み60㎝深さ11m)コンクリートの垂直壁を高速道路の側方に立て、地中アンカーで固定する工法である。ところがそのとき学んだアンカー技術を、現在のフォレストベンチ工法に繋げ、コンクリートのり面にとって代わる革新技術の発明に繋いだところに、一貫してコンクリートを排し緑の森をイメージする彼の真骨頂がある。

 

国土交通省がコンクリートのり面の点検に本腰を入れた背景には、今年6月に大阪で起きた地震でブロック塀が倒れて女児が下敷きとなり亡くなった事故が契機になっていると考えられる。国道220号沿いあるいは神奈川県山岳道路沿いなど、高所に施工された長大コンクリートのり面が50年を経過し、劣化して落下すれば、そのエネルギーはブロック塀の比ではない。宮崎の炎暑・潮風・豪雨など他所を上回る厳しい気候条件が加わると風化劣化がスピードアップし、その耐久性は50年を下回る可能性は十分に考えられる。

宮崎県議会との会議後日南へ向かう道中で、切土のり面の修復が行われていたが、残念ながら修復工法は相も変わらずフリーフレームであった(写真-1)。

写真ー1 国道220号線の日南市にある鵜戸神宮の北 (宮崎市寄り) の切土のり面では、またしても ”フリーフレーム工法” が採用されていた

 

残念なことに、斜面に水平面を確保して緑を育て、恒久安定ののり面を目指そうという機運が育つどころか、折角の点検とやり替えのチャンス到来とは逆に、現実は従来工法の繰り返しである。

国道 220号バイパスの青島パーキング (写真-2) で10年前に施工した階段状のり面の展望台では、緑が森を成して来客を待っている。この事例を活用して水平面の意義が広められないものか?

写真ー2 青島バイパスの中ほどにある青島地区 を見下ろす パーキング場の横に12年前に竣工したフォレストベンチ(5段)は、水平面に植えた苗木が立派に育ち、見事な展望台になっていた。

 

国土交通省でコンクリートのり面フリーフレームの景観が自然に調和していないことが分かっていても、それに代わって恒久の機能を持つ技術の存在が知られていなければ、チャレンジしようという声は生まれようがない、という悔しい思いが募ったが、今回の防災・減災特別委員会との縁を通じて、恒久安定のり面が宮崎県には不可欠であることを説くべきであることを痛切に感じた。そしてそれが中国雲南省の世界一の棚田やマチュピチュ のよう に世紀を超えて後世に伝えられ、子孫の暮しに役立つ社会資本として 崇められる存在に成ることを強く願っている。

 

自然と人間社会の両立を

フォレストベンチ研究会 宮崎支部長 川添祐一郎

この度、宮崎県議会に設置運営されている「防災・減災対策特別委員会」で、意見陳述の機会を戴けたのは、先のステップ第200号に掲載して戴いた「美しい海岸線を守る海中防潮堤への期待」という私の記事に目を通された本会会員で宮崎県議会議員で同委員会の副委員長である「河野哲也」議員のご判断によるものであり、心より厚く御礼申し上げる次第です。

 

10月半ばに議会事務局から栗原理事へ連絡が入り、その後に議会議長からの正式な要請文が届き、全天候フォレストベンチ工法が宮崎県の防災・減災に寄与する内容について、意見を伺いたいという連絡を受けたようです。

理事は宮崎県出身であり、コンクリート漬けにされている国道220号の切土のり面の自然回復のこと、近年の豪雨による土石流災害の予防策、そして最大の懸案である南海トラフ関連の巨大津波に関して、以前より深い想い入れがあったので大層な喜びようでした。

宮崎県人の性格や心を知り尽くして理事は、青島の周囲に拡がる“鬼の洗濯板”に心を寄せる県民の命を如何にして守るか、津波よけの防潮堤のことに強い関心を持ち続けていましたので、早速私にその具体的形状をCADで図化する作業が舞い込んできました。

手書きの下絵を読み解くのに多少の時間を要しましたが、コンクリートを用いないこと、反力を水中アンカーに求めること、札幌で実験した透水性鋼製柵が主体となることを伝え聞いていたので、割合スピーディに図は仕上がりました。

 

しかし海で初めて使用するものであり、より分り易いコンセプトで可能性を説明する必要があります。理事は幼少の頃、津波を体験した想い出や、自ら実験して学んだ成果を収めているDVDを織り交ぜて、プレゼンを構成していました。海中防潮堤の主役である透水性鋼製柵を①普段は海面下に伏せておき、②自然力で直立させ、③津波に対しては強靭な抵抗を示す構造を造り上げるのですが、そこには解決すべき多くの課題が潜んでいます。その諸問題に実験を通じて可能性を見出そうというのが、今回提案の骨子です。未知の世界へのチャレンジをモットーとする栗原理事の基本は、自然遺産と人間の営みとを両立させる“技術”を見出そうとする意欲です。

 

宮崎平野は標高ゼロメートルに近く、東側の海域に津波に抵抗する自然地形が全くない独特の平野です。しかもそこには、3千万年を経て存在する天然記念物の「鬼の洗濯板が“最大の観光資源”として横たわっているのです。理事の構想は、百年に一度という巨大地震に備えるに、日々の暮らしを支える観光資源”、そして後世に残すべき自然遺産を犠牲にすべきでない、という発想に立脚するものでした。

 

東日本大震災後に“三陸海岸”の防災計画に関係した際にも、海の生き物と共生出来ないコンクリート製の防潮堤に疑問を持ち、砂を盛り上げて緑の森から成る“松島”のような防潮堤を提案しましたが、過去に事例がないことや、国家財政を背景とする行政に寄り切られてコンクリート防潮堤が採用されました。

現在建造中の400キロに及ぶコンクリート防潮堤が完成したとき、海の景観と海の生命を失った三陸海岸は、北海道の奥尻島のように悲惨な末路を辿るであろうと懸念しています。 我が国は海に囲まれた海洋国家であり、そこの生命を失ってしまえば、次に人間が滅ぶのは、火を見るより明らかです。

コンクリートの使用法を間違った結果、人間の将来を危うくすることは、何としても、避けねばなりません。 津波から命を守ることは、鬼の洗濯岩と共存してこそ、意味のあることだと思った次第です。

海中防潮堤の図 横断図

 

現場だより

 

◆今回のハイライトは何といっても去る11月30日、宮崎県議会 防災・減災特別委員会へ呼ばれて、意見を述べさせて戴く栄誉に与ったことです。会議には宮崎支部の川添支部長と西村編集係の二人も同席してくれました。

 

◆同委員会は、今年4月18日に設立されて、既に6回の会議が開催された由で過去に幾度か設置された経緯があります。今回の開催は、“西日本豪雨災害など気候変動に伴う激甚災害に備えたものとのことです。

 

◆私は予てより、当県の防災・減災問題に関心を抱いておりましたので、降雨災害・のり面災害に加えて、南海トラフに伴う巨大津波対策を挙げて、3本柱をテーマにお話しました。

 

◆宮崎平野は、海岸部に大きな危険が潜んでおり、近年の海岸浸食は全国的に見ても著しく、際立っています。そして日向灘に面する宮崎平野は、実にのっぺりして、波を受け止める自然地形は存在せず、丸裸の状態です。

 

◆しかも、名勝地“青島”を囲んで広がる天然記念物の「鬼の洗濯岩」を踏みつけてコンクリート防潮堤を設けることは、今後の観光に大きな支障となる為、県民の命・財産と執るか、天然遺産を採るかの、難しい判断が求められています。

 

◆私は支部長の報告にあるように、両方とも救えることを提案しました。

日向灘の“灘”という名称は、古き時代の先人が、この海域に何れ訪れる海の難事に注意して臨むように、という警告を伝え残したのではないかと思うこの頃です。

 

 

 

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